Lure [ルア] 発行/札幌芸術の森 Vol.56 spring 2000 文:谷口 雅春/写真:渋谷 文廣
僕は米国で音楽教育を受けた人間で、そのシステムが優れていると考えています。アメリカでは、音楽はまずスピリチュアルなもので、それを表現するにあたっては、高い技術があったほうがいい、というふうに考えます。
その逆は、絶対にない。
人は、何のために音楽をするのか。コンクールで優勝したり、人と争って技術を高めるためですか。
もちろん、ちがいます。
音楽は、国や民族の違いなどを越えて、人を豊かにしたり、幸福にすることができます。
だから音楽をする人間は、地域や社会に貢献できるし、貢献していくべきなのです。僕の言葉では、音楽は、人が人を想う「愛」だ、ということになります。
音楽は、いま現在に熱く脈打っていて、すぐれてインターナショナルな世界です。だからその中に身を置くことは、異文化や言語、人種、性といった、現在の世界がリアルに直面するさまざまな問題や可能性に、素手でふれることにもなるのです。
スクールでは、演奏の技術を教える前に、そうした音楽の持つ意味や、素晴らしさを伝えていきたい。音楽をすることの延長に、自分の生き方を考える道を据えてみたい。
ですから、ぜひご両親もレッスンに立ち会ってほしいのです。
音楽は音楽であって、ジャズ、クラシック、ロックといったジャンル分けにはあまり意味がないと考えています。
PMFのひとつのお手本であるボストンのタングルウッド音楽祭でも、クラシックと同様にジャズの部門があり、それぞれ小澤征爾、ウィントン・マルサリスという素晴らしい音楽家が指導の中心にいます。
そして、ふたつの部門の学生たちは全く違う志向を持っているかというと、そんなことは全然ない。
また、スイスのモントルー・ジャズフェスティバルは、日本では正統的なジャズフェスティバルと考えられがちですが、例えば僕が参加した年のオープニングは、スティングでした。
異なるものの存在を認め合い、その交わりの中から新しい価値が生まれていけば良いのです。
特に子どもたちには、いろんな種類の音楽にふれてほしい。それが、演奏の、ひいては人間の豊かさになっていきます。個人的には、僕たちの音楽が、将来的にはPMFと関わっていけば大きな意義があると考えています。
目先のライブのためだけに、全員のレベルを平均化するのが目的ではありません。一人ひとりが、あくまで自分の問題としてどこまで伸びてくれるかが重要です。やがては僕の知人であるアメリカの音楽家たちの協力もあおぎながら、じっくりと腰を据えて取り組んでいきたいと考えています。