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田野城寿男ポートレートフォト

Hisao Tanoshiro

Hisao Tanoshiro was born in Hiroshima,1958.

When he was a child, his playgrounds were Hiroshima Peace Memorial(Genbaku Dome), the Peace Memorial Park and Otagawa (Ota river) near there .

"Why do people live?" "What do people study for?" From an early age Hisao has always pondered these questions.

When he asked why, Adults and teachers could not give a satisfactory answer.

Hisao didn't know what to do.

He started to listen to Jazz music around the time.

He was interested in Jazz musician's life such as what those jazz musicians were eating,looking or thinking.

Especially,Hisao was quite interested in Dave Leibman,who would be Hisao's teacher later,and wanted to meet him.

Hisao didn't even know where he was living.But Hisao simply believed he would be able to meet Dave if he goes to the States anyway.

And also wanted to meet George Russel, his favorite jazz composer and theorist, and Joe Allrad, the great saxophone teacher.

So he thought it would be good to study abroad.

Hisao had never touched a musical instrument or read a score before he graduated the high school.

What Hisao was thinking was he had to learn how to play instrument first.

And he thought that was the way to start understanding the jazz musicians.

Then, Hisao chose saxophone.

Hisao enter Berklee College of Music in 1978.

Throughout college, Hisao pursued his jazz interest by studying with David Liebman,Joe Allard,George Russell.

It is a necessary component of his musical life.

Performance:
1987:Salena Jones Japan tour
1991:Quincy Jones Produce Swiss Montreux Jazz Festival
2004:Fuji Rock festival
2004:Earth Day Tokyo  etc.

N.Y Recording:
1994:Cyrus Chestnut(Piano),Nat Reeves(bass) etc.
1995:The Laurentian String Quartet,Steve La Spina(bass),Bruce Stark(piano&arrange),Erik Charlston(percussion)
1996:Jim Beard(Keyboard) etc.

Collaboration:
Araki Nobuyoshi (Photographer)
Kuroda Seitaro(Painter)
Takeda Souun(Calligrapher)
Yamamoto Kansai(Designer) etc.

Others:
[Director of a technical school ]
2006: Sapporo Sound Art

[Music director]
2000-2003:Sapporo Junior Jazz School
2003-2005:Wakuniko Tokachi Jazz Orchestra
2004-2006:Hokkaido Obihiro Minami Syogyou High School
2006-2007: Yamaha Muse Club Sapporo
2009-2012:Tokyo Marunouchi Crossover Orchestra

[FM Radio DJ]
2000:Sapporo FM North Wave "Cool Night Crossroads"
2000:Obihiro FM Jaga "Moon Light Pray"
2003:Obihiro FM Wing "Tanoshiro Hisao's Mutant Museum"
2006:Sapporo FM North Wave "Modern Art Museum" "Tanoshiro Hisao's Real Music Lab"


田野城 寿男(たのしろ ひさお)

サックスプレーヤー。1958年広島生まれ。

78年/ボストンのバークリ−音楽大学入学。在学中、ニューヨークでデイブ・リーブマンにサックス、フルート、音楽理論を師事。同時にニューイングランド音楽院で、ジュリアード、マンハッタン各音校教授でもあるジョ−・アラッドにも師事する。

82年/作曲と編曲が認められ、ジョ−ジ・ラッセルの門下生となり、彼の革新的な理論「リディアン・クロマティック・コンセプト」を学ぶ。

在学中から自己のカルテットを結成し、東海岸を中心に精力的に活動。

87年にはサリナ・ジョーンズの日本ツアーにソロ奏者として参加。

91年/「25周年記念 スイス・モントルー・ジャズフェスティバル」にソロ出演。この年、特別プロデューサ−として迎えられたクインシー・ジョーンズは、田野城の音楽とオリジナリティを「おまえは誰にも似ていない」という言葉で認め抜擢した。

マイルス・デイビス、スティング、レイ・チャールズ等のそうそうたるミュージシャンが演奏する中で、田野城の演奏に対する評価は、多くのマスコミ取材をはじめ、ヨーロッパのいくつかのフェスティバル出演依頼として現れた。

94年/ニューヨークにて、サイラス・チェスナットとレコーディング。

95年/ローレンシャン・ストリングス・カルテット及びニューヨーク フィルハーモニー オーケストラのブルース・スタークとレコーディング。

96年/ジム・ベアードプロデュースによるアルバム制作を開始。

肺炎を患いドクターストップにより現役を退く。静養先の北海道で教育分野にも力を注ぎはじめる。教育問題や心の問題などのテーマで各地の講演会にも招かれる。

97年/写真家荒木 経惟氏、2000年にニューヨーク在住のイラストレーター黒田 征太郎氏とのコラボレーション。

99年/アニメ映画(アメリカTV用)「イメル」の音楽制作。(株式会社サテライト)

01年/山本寛斎プロデュース「ファッション元気主義 in Sapporo」の音楽監督就任。

04年/アースデイ東京で書道家武田双雲氏とコラボレーション、フジロックフェスティバル出演。

00年/札幌ジュニアジャズスクール音楽監督就任。(㈶札幌市芸術文化財団・北海道新聞社主催-03年)

02年/帯広南商業高校吹奏楽部音楽監督就任。(帯広市主催-04年)

03年/十勝わくにこジャズオーケストラ音楽監督就任。(十勝毎日新聞社主催 -06年)

05年/記事「運命を変えたブルーノートの1枚」(PLAYBOY 2005.1号 集英社)

06年/学校法人サウンドアート専門学校学園長就任。

06年/札幌FMノースウェーブDJ&番組制作。( -07年)

06年/TanoLaboMixオーケストラ音楽監督就任。(ヤマハミューズクラブ札幌主催 -07年)

07年/コラム「楽譜のいらない音楽授業」(情報サイト“北海道人” -08年)

07年/市民カレッジ講座「黒人音楽の光と陰」「Jazzの楽しみ方」(札幌市主催 -08年)

08年/コラム「田野城寿男の眼」(音楽情報誌“札幌ビレッジボイス"-09年)

08年/第3回札幌国際短編映画祭 審査員就任。(SAPPOROショートフェスト実行委員会/札幌市主催)

09年/週刊ヤングジャンプ30周年記念イメージコンテスト審査員就任。(集英社主催)

09年/東京 丸の内クロスオーバーオーケストラ音楽監督就任。(NPO法人大丸有エリアマネジメント協会 協力-12年)

『もう一度モントルージャズフェスティバルに出演しよう!』と50歳で現役復帰を決意。現在、演奏活動と合わせて、田野城塾やTano'sCafeを各地でひらきタノイズムや恩師から受け継いだ魂、心そして技術も伝えている。


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音楽のことで悩んでいる人へ

ホ−ムペ−ジを開設してから、僕のもとに「アメリカに行きたい!」「留学したいのだがどうすれば良いでしょう・・・」「サックスを使って即興演奏をしたい!」など、数多くの熱いメッセージが届けられている。こういった意見が届くたび、かつて僕もあなた達と同じ時期、心に抱き漠然と悩んでいた事を懐かしく思う。

田野城寿男プロフィール

サックス・プレーヤー。1958年生まれ。78年、ボストンのバークリ−音楽大学入学。在学中、ニューヨークでデイブ・リーブマンにサックス、フルート、音楽理論を師事。・・・91年、「25周年記念 スイス・モントルー・ジャズフェスティバル」に出演。この年、特別プロデューサ−として迎えられたクインシー・ジョーンズは、田野城の音楽とオリジナリティを「おまえは誰にも似ていない」という言葉で認め、抜擢した。

Tano-ism(タノイズム)

世界共通の言語である音楽は、国や民族、宗教の違い等を超えて、人の心を豊かにしたり、幸福にする力を持っています。だから音楽をする人間は地域や社会に貢献できるし、貢献していくべきなのです。

僕の言葉では、音楽は、人が人を想う「愛」だということになります。

田野城寿男が考える音楽教育

私は小学校から高校に至る迄、大の学校嫌いでした。
登校拒否に無断欠席は当たり前。もちろん、塾なんて行った事がありません。何故かというと、私にはどうしてもわからなかったからです。

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