魂のない音楽なんて要らない。
ジャズを演奏するためには、ジャズの成り立ち自体を知らなければならない。すると陶然、歴史や異文化、人種、性といった、現在の世界がリアルに直面するさまざまな問題にも、じかに触れることになる。そこにも、譜面を上手に演奏するだけのレッスンでは味わえない面白さがある。
「便宜上ジャズでくくっていますが、僕はジャンル分けにはあまり意味がないと考えています。学校の音楽の授業では実感できないでしょうが、どんな音楽でも世界でいま起きていることとつながっている。子どもたちにはそんな視点を持ってほしい。そして、合奏したり聴いてくれる他人があってはじめて自分というものがある、とわかってくればしめたもの。ひとりひとりが違うからこそ、異なるものの存在を認め合い、その交わりの中から新しい価値が生まれていくのだから。例えばジャズに特有のブルーノート音階は、世界の共通語のひとつだ、と教える。ブルーノートが吹ければ、世界のどこに行っても誰とでもジャム・セッションができるんだよ、と」。
こうしたことは1、2回のクリニック方式では伝えきれないだろうが、今年からは特に1年間の長丁場。ここから、どんな子どもたちが育っていくか、本当に楽しみだ。
田野城さんは、1958年広島市生まれ。日本では専門の音楽教育を受けることなく単身渡米。ボストンの名門バークリー音学院を卒業した。卒業後はニューヨークや横浜で活動し、'96年から帯広を本拠地にしている。
「最初は初心者みたいなものでしたし、僕は決して出来の良い学生ではなかった。でも初めの年、才能ある学生たちが世界中からやってくる中で、教授は僕にビックリするような評価をくれた。
思わず聞きましたよ。自分よりうまいやつはいっぱいいるのになぜですか、と。
先生はこう言うのです。『お前がいちばん努力したし練習してたじゃないか』。
これはすごい国だ、と思いました。大切なのは、結果じゃなくプロセスなのです。学生がどれだけ伸びたかが評価のポイントであって、クラスで何番目かなんて、意味がない。
それと、徹底して鍛えられたのは、音楽の中身、『魂』や『愛』ですね。どんなに正確で美しい音で演奏しても、そこに自分の心がなければなんの価値もない。
では、その心とはなにか。そこを自分で探求することを強く求められました。もちろん、アメリカの全てが正しいわけではありませんよ。しかし、社会の中の自分をいやでも意識させられるこうした音楽教育に、僕はひかれました。チャンスがあれば、日本でもそうした精神で教えてみたいと思ったのです」。
「ジュニア・ジャズスクール」を去年修了した子どもたちの何人かは、今年はチューター(アシスタント)として参加している。チューターで構成するバンドも作られる。
札幌には、クラシック音楽の分野では今や世界に知られるPMFがある。やがて、ジャズにおいてはこのSJF「ジュニア・ジャズスクール」が根付き、「音楽都市札幌」の魅力をさらに増していってくれるのを、大いに期待したいものだ。
【完】
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