CLUE [クルー] No.763 2001年6月11日発行/(株)北海道アルバイト情報社 文・構成:谷口 雅春
PMF(パシフィック・ミュージック・フェスティバル)も、今年で12回目。
一流音楽家をめざす世界の若者たちが札幌でひと夏をすごし研鑽に励む姿は、道都の7月を彩るかけがえのない風物詩となった。
また、昨年の秋には、ポップミュージックの分野で、音楽制作側と関連企業、ファンを交流させる野心的な試み「MIX2000」が話題を集めた。
いまや札幌は、クラシックからポップスまで、内外に向けた多彩なムーブメントの渦となっている「音楽都市」にほかならない。
そして今年注目したいのが、「サッポロ・ジャズ・フォレスト(SJF)」の一環として開かれている、「ジュニア・ジャズスクール」だ。
昨年8月6日、札幌市の「芸術の森」で開かれた野外ジャズ・ライブ「サッポロ・ジャズ・フォレスト(SJF)」(札幌芸術の森主催)で、出演したケイコ・リーや熱帯JAZZ楽団と並んで大喝采を受けた小学生のバンドがあった。
ジャズ・フォレストの一環として開校した「ジュニア・ジャズスクール」のメンバーたち、ジュニア・ジャズ・オーケストラ約40名だ。バンドは、札幌市内から集まった応募者が10数回のレッスンを受け、仕上げの発表としてこのライブに参加したもの。その実績をふまえ、今年はこのスクールが、独立したプログラムとしてさらにパワーアップされた。
4月から1年間、30数回のレッスン(無料)を行い、「くっちゃんJAZZフェスティバル(7月21日、22日)」や、「サッポロ・ジャズ・フォレスト2001(8月5日)」など、複数のジャズ音楽祭に乗り込もうという意気込みだ。
しかしスクールの針路は、子どもたちに英才教育をほどこしてプロデビューさせよう、などという昨今ありがちな方向とは全く違う。ここがポイント。
音楽監督でサックス・プレーヤーの田野城寿男さんは言う。「音楽には、技術よりももっと大事なことがある。間違ったって全然かまわない。そこを強調したいのです。じゃあその大事なものって何だろう?それを、自分で考えてもらいたい。その答えとして、演奏する意味やすばらしさを自分で見つけてほしい」。
技術指導を本意としない田野城さんのレッスンは、さながら音楽を通した人間塾だ。取材でのぞいたレッスンでは、例えばこんなひとコマがあった。
「男同士が好きだって言いながら抱き合ってたらどう思う?」
「そんなの変態だよ〜!」
「どうしてさ?」
「だってみんなそう思ってるよ」
「みんなが思ってるから自分も思うだけか?じゃあさ、好きでもないのに好きだってだまして女性をもてあそんでる男と、本当に好き同士の男ふたりと、どっちが変だ?」
「う〜ん・・・」
「自分はどう思うか、まず自分でちゃんと考えて見よう。演奏も同じだ。音楽って自分を表現することなんだ。じゃあ自分って何だって思うだろう?それを考えていくことが、個性になるんだ」
与えられたことをこなしていくのが勉強だと思っている小学生たちは、いきなり自己表現をしろ、と言われてもとまどうばかり。早くから即興演奏に挑戦させるのも型破りだ。
しかし、みんなで演奏をすると楽しいし、うまくできると、それを聴いてくれる人も楽しくなる。そんなことがわかってくると、音楽は人を楽しませるものだ、という意識が芽生えてくる。
「僕はこう考えています。音楽をやる人間には、人を幸福にする力がある。だから演奏家は、広い意味で地域や社会に貢献していくべきだ。音楽は、自分や仲間うちで楽しむだけのものではない。それだからこそ、社会にミュージシャンが存在する意義があるし、彼らには、音楽をつくる喜びがある」。
現在世界の第一線で活躍するバイオリニスト、千住真理子さんはあるエッセイで次のようなことを言っている。
自分は15歳までに、演奏に必要な技術を全てマスターしてしまった。でもそこでやることが無くなってしまった。自分には技術だけで中身がないと気づき、どうしたら中身ができるのか途方に暮れた、と。
技術を高めたり、コンクールに優勝するのが目的なら、音楽はあくまで自分の内側の問題だ。でも、そうじゃない。自分は何のために音楽をするのだろうと問い続ける場。それが、田野城さんの言う音楽教育だ。
ジャズを演奏するためには、ジャズの成り立ち自体を知らなければならない。すると陶然、歴史や異文化、人種、性といった、現在の世界がリアルに直面するさまざまな問題にも、じかに触れることになる。そこにも、譜面を上手に演奏するだけのレッスンでは味わえない面白さがある。
「便宜上ジャズでくくっていますが、僕はジャンル分けにはあまり意味がないと考えています。学校の音楽の授業では実感できないでしょうが、どんな音楽でも世界でいま起きていることとつながっている。子どもたちにはそんな視点を持ってほしい。そして、合奏したり聴いてくれる他人があってはじめて自分というものがある、とわかってくればしめたもの。ひとりひとりが違うからこそ、異なるものの存在を認め合い、その交わりの中から新しい価値が生まれていくのだから。例えばジャズに特有のブルーノート音階は、世界の共通語のひとつだ、と教える。ブルーノートが吹ければ、世界のどこに行っても誰とでもジャム・セッションができるんだよ、と」。
こうしたことは1、2回のクリニック方式では伝えきれないだろうが、今年からは特に1年間の長丁場。ここから、どんな子どもたちが育っていくか、本当に楽しみだ。
田野城さんは、1958年広島市生まれ。日本では専門の音楽教育を受けることなく単身渡米。ボストンの名門バークリー音学院を卒業した。卒業後はニューヨークや横浜で活動し、'96年から帯広を本拠地にしている。
「最初は初心者みたいなものでしたし、僕は決して出来の良い学生ではなかった。でも初めの年、才能ある学生たちが世界中からやってくる中で、教授は僕にビックリするような評価をくれた。
思わず聞きましたよ。自分よりうまいやつはいっぱいいるのになぜですか、と。
先生はこう言うのです。『お前がいちばん努力したし練習してたじゃないか』。
これはすごい国だ、と思いました。大切なのは、結果じゃなくプロセスなのです。学生がどれだけ伸びたかが評価のポイントであって、クラスで何番目かなんて、意味がない。
それと、徹底して鍛えられたのは、音楽の中身、『魂』や『愛』ですね。どんなに正確で美しい音で演奏しても、そこに自分の心がなければなんの価値もない。
では、その心とはなにか。そこを自分で探求することを強く求められました。もちろん、アメリカの全てが正しいわけではありませんよ。しかし、社会の中の自分をいやでも意識させられるこうした音楽教育に、僕はひかれました。チャンスがあれば、日本でもそうした精神で教えてみたいと思ったのです」。
「ジュニア・ジャズスクール」を去年修了した子どもたちの何人かは、今年はチューター(アシスタント)として参加している。チューターで構成するバンドも作られる。
札幌には、クラシック音楽の分野では今や世界に知られるPMFがある。やがて、ジャズにおいてはこのSJF「ジュニア・ジャズスクール」が根付き、「音楽都市札幌」の魅力をさらに増していってくれるのを、大いに期待したいものだ。